Vol.26 2026.7.14
貿易赤字と為替が映し出すベトナムの経済構造

ベトナム最大級の物流拠点であるハイフォン国際コンテナターミナル。
輸出拡大を支える一方、部品・中間財の輸入依存という構造的課題も併せ持つ。
Nathan.cima / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、一部改変)

貿易赤字拡大の裏にある「迂回輸出依存」
 アジアの経済発展の歴史を振り返ると、日本、韓国、台湾、そして中国といった国や地域は、いずれも高度成長期において「安定した貿易黒字」を維持しながら経済規模を拡大させてきた。しかし、ベトナムは2026年1月~5月累計で138億米ドルの貿易赤字となり、5月単月では過去最大の52億1000万ドルの赤字を記録した。
 これは「未来への投資(将来の輸出に向けた原材料の先行確保)」という側面で説明されているが、この赤字は単なる一時的な先行投資にとどまらず、中国からの迂回輸出・迂回貿易に依存する構造的な欠点が露呈した結果であると考える。
 従来の発展モデル(日・韓・台・中)では、自国内で強固なサプライチェーンが構築されていたため、輸出の拡大がそのまま国内の付加価値向上と安定した貿易黒字につながっていた。 対してベトナムは、輸出産業の多くを外国直接投資(FDI)による「最終組み立て加工」が占めている。そのため、輸出を伸ばすためにはまず大量の部品や中間財を輸入せざるを得ず、輸出と輸入が同じタイミングで膨らむ脆弱な構造を抱えている。
 中国国内で雇用不安が深刻化している以上、中国が自国の工場やサプライチェーンの基盤をベトナムなどの他国へ本格的に移管することは合理的ではない。 あくまでベトナムは最終的なアセンブリ(組み立て)の受け皿にとどまり、基幹部品や中間財の供給は中国本土が握り続ける構図となっている。

貿易赤字でも為替が安定している理由
 中国からの迂回輸出によって輸出産業や景気の底上げを図ろうとするベトナム政府だが、グローバルな需要減退や米国の関税強化などの通商政策といった逆風が吹いた場合には、最終製品の輸出が急ブレーキを踏むリスクがある。 その結果、組み立てられないままの中国製原材料や部品がベトナム国内に滞留し、貿易赤字の拡大と景気減速という「二重の打撃(足をすくわれる事態)」に直結する懸念が現実味を帯びてきている。
 このような構造的なリスクや課題を抱えるベトナムであるが、公式市場における米ドル(USD)/ベトナムドン(VND)の為替レートは、足元では狭い範囲での変動にとどまっている。輸入された原材料が製品化され、数ヶ月後に輸出されて確実に外貨(USD)が還流するサイクルが途絶えていないので、現在のところ、市場では過度なパニックは起きていない。またベトナムの成長期待を背景に、外国直接投資がネットで安定流入を続けており、市場へ継続的に米ドルを供給している。加えて、VND金利がUSD金利よりも約2.5ポイント高い水準に維持されており、VND売り・USD買いの金利差がドルへの投機的な買いを抑え込んでいる。さらに闇市場などへの監視の目が厳しくなったことで、資本流出(誤差脱漏:統計上の未捕捉資金)による為替への下押し圧力が緩和されている。

ベトナム経済が越えるべき次の壁
 ベトナムの長期化する貿易赤字は、「未来への投資」という肯定的な側面がある一方で、中国の失業問題と表裏一体となった「迂回輸出依存」の限界や構造的脆弱性を浮き彫りにしている。
 過去のアジア諸国のような強固な黒字化モデルへ移行できていないものの、安定したFDI流入、金利差、資本流出の取り締まり、外貨の還流サイクルといったセーフティーネットが機能しているため、現時点での為替レートへの影響は限定的に抑えられている。
 一方で、中長期目線では、中国依存の組み立て加工モデルからの脱却や、国内サプライチェーンの自立化・高度化を進めなければ、ベトナム経済はいずれ大きな壁に突き当たる可能性が高い。
川島 博之
ベトナムVINグループ主席経済顧問
Jパートナーズ顧問
農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』。
ベトナムの政治・経済・金融等の最新ニュースを月~金の毎日アップします。
※このメールはJパートナーズのメールマガジン登録の方にお送りしています。
※記載されている評論は執筆者個人の見解であり、Jパートナーズ、または運営会社の見解と異なる場合もございます。
※掲載されている全ての内容、文章の無断転載はできません。
※本メールにそのまま返信されても、ご返答はできません。

■ お問い合わせ
 お手数ですが下記メールアドレスよりお問い合わせください。
info@jpartners.jp
■ メールサービスの停止
 お手数ですが下記メールアドレスより空メールをお送りください。
unsubscribe@jpartners.jp
■ 発行元
 Jパートナーズ:https://jpartners.jp/
© JPartners. All Rights Reserved.