Vol.7 2025.09.24
ベトナム中央銀行の不動産融資抑制は、バブル崩壊を回避するか

不動産融資を抑制した資金の向い先は?
(photo AC)

ベトナム中央銀行が乗り出す不動産融資の抑制
 ベトナムの信用成長率(銀行から企業等への貸出残高などの増加率)は8月8日までに年初に比べて10.3%増加した。前年同期の増加率5.8%を大幅に上回っている。4大国営銀行の伸び率は7.8%だが、民間銀行は11.9%にもなっている。金利引き下げに伴って民間銀行は積極的に融資を増やしている。
 昨年7月に発足したトー・ラム政権は、汚職退治に力を注いだグエン・フー・チョン政権とは異なり、インフラの整備や外資導入を積極的に推し進めている。資金需要の伸びは、そんな政府の姿勢を反映したものといって良い。ただ資金の流れは政府が意図した方向へは進んでいない。その多くが不動産開発に向かっている。それは不動産バブルを助長しかねない。
 そんな状況を変えるためにベトナム中央銀行はリスク係数に差をつけることによって、銀行の貸出先を変えようとしている。これまでの報道ではリスク係数に差をつける手法について不明な点もあるが、要は不動産への貸し出しを抑制する一方で、余った資金を発展が遅れている農業や中小企業に流す政策と考えれば良い。

不動産融資抑制は、バブル崩壊のリスクも
 トランプ政権との関税交渉の結果、ベトナムは中国から部品を輸入し組み立てて、米国に輸出することが難しくなった。米国に輸出する製品の部品を国内で生産する必要がある。そのためには裾野産業の育成が欠かせない。資金を不動産部門ではなく、裾野産業である中小企業に向かわせたい。
 ただ中央銀行による不動産融資の抑制は、日本で1990年に行われた「金融の総量規制」、また中国で2020年に発表された「3つのレッドライン」を思い起こさせる。日本でも中国でも不動産投資が加熱していた。当局はそれを冷やすためにそのような方針を発表したが、それはバブル崩壊の引き金になった。
 ベトナムの不動産市場がバブルであることは間違いない。ハノイでもホーチミン市でもマンション価格は庶民の年収の20倍を超えている。ハノイやホーチミン市には人が住んでいない住宅が多数存在する。夜は真っ暗になりゴーストタウンかと思う場所も増えており、規模こそ小さいがその様子は中国に似ている。

バブル崩壊かソフトランディングか?目が離せない金融の行方
 ベトナムでバブルが崩壊するかどうかを考える際には、ベトナムが発展途上にあることを考慮する必要がある。ベトナムには資金を必要とする部門が多数存在する。当局が意図するように不動産への融資を減少させても、多くの資金が中小企業に流れれば好景気を維持することができよう。そうなれば不動産価格を暴落させることなく、庶民の所得を増やすことができる。その結果、不動産バブルをソフトランディングさせることも可能になる。
 ただ当局が意図するシナリオが実現するかどうか、ここで判断することは難しい。その最大の要因は不動産部門にどの程度の不良債権があるのか、バブルの実態把握が極めて難しいからだ。日本でバブルが崩壊し始めたのは1990年であるが、不良債権の実態が明らかになったのは山一證券や長銀が破綻し金融危機が本格化した1997年以降のことである。中国では今でも不良債権がどれほどあるのか明らかになっていない。
 これ以上不動産バブルが膨らむことを懸念して、ベトナム中央銀行が不動産融資抑制に舵を切ったことは理解できる。しかし日本や中国の経験に鑑みるとき、その行動がバブル崩壊の引き金を引く可能性は十分にある。今回のベトナム中央銀行の行動が不動産バブルにどのような影響をもたらすのか、ベトナム金融から目が離せない日々が続く。
川島 博之
ベトナムVINグループ主席経済顧問
Jパートナーズ顧問
農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』。
※このメールはJパートナーズのメールマガジン登録の方にお送りしています。
※記載されている評論は執筆者個人の見解であり、Jパートナーズ、または運営会社の見解と異なる場合もございます。
※掲載されている全ての内容、文章の無断転載はできません。
※本メールにそのまま返信されても、ご返答はできません。

■ お問い合わせ
 お手数ですが下記メールアドレスよりお問い合わせください。
info@jpartners.jp
■ メールサービスの停止
 お手数ですが下記メールアドレスより空メールをお送りください。
unsubscribe@jpartners.jp
■ 発行元
 Jパートナーズ:https://jpartners.jp/
© JPartners. All Rights Reserved.