Vol.5 2025.08.26
ベトナムは真に世界の工場になれるのか

20%の税率はベトナムに一定の優位性を維持
(photo AC)

トランプ関税はベトナム経済のチャンス
 今年3月ベトナム株式指数(VN)は1,300を上回っていたが、4月のいわゆるトランプ関税ショックによって1,094まで急落した。その後米国との関税交渉が始まると株価は徐々に回復し、7月に交渉の妥結が伝わると株価は急騰した。8月21日の終値は1,688であり、これは2022年1月3日につけた最高値1,526を上回っている。
 ベトナムの2025年第2四半期のGDP成長率は7.96%であり、これは中国の5.1%、シンガポールの4.3%を大幅に上回っている。好調な経済が株式指数の上昇を支えている。
 ただそれだけではない。株式市場は将来を読む。株式市場はトランプ関税がベトナム経済に良い結果をもたらすと読み始めた。トランプ関税の主目的は中国の台頭を抑えることにある。それはベトナムにとってチャンスである。
 米国は中国からの輸入を減らしたいが、それでも衣服やサンダルなどの日用品、家電製品を米国で生産する気はない。米国が守りたいのはハイテク産業であり、かつ裾野が広く多くの労働者の雇用に直結する自動車産業である。
 米国は衣服やサンダル、家電製品などをベトナムから輸入したい。そうすれば中国からの輸出が減少し、それは中国の力を削ぐことにつながる。その一方でベトナムが繁栄しても、所詮小国である。ベトナムが米国の覇権に挑戦することはない。

チャンスに変えるのは裾野産業の育成
 米国はベトナムに対する関税を20%としたが、ベトナムが中国など他国から部品を輸入して組み立てた製品の関税は40%とした。これを受けてベトナムにおいて部品を自国で生産しようとする動きが広がった。8月6日から8日にかけて、ハノイでベトナム・日本裾野産業展示会2025(SIE)が開かれたが、ベトナム政府も裾野産業の育成に力を入れることを表明している。
 ベトナムはトランプ関税と言うピンチをチャンスに変えようとしている。ベトナムが広範な部品を生産できるようになれば、東南アジアのサプライチェーンのハブとして存在感を示すことができよう。中国に代わって世界の工場になることも夢ではない。今回の株式市場の高騰はそんな将来を見据えたものになっている。

簡単ではない成功への道筋
 ただ裾野産業を広げることは容易ではない。裾野産業である日本の町工場は政府が音頭を取って育成したものではない。自然発生的に生まれた。そんな町工場から大企業が育った。二股ソケットを作っていた松下電気がパナソニックになり、ピストンリングを作っていた町工場がホンダに成長した。
 中国では長江デルタや珠江デルタに裾野産業が広がっているが、それらは発展の初期段階で成立したものだ。発展の初期に中国に投資した国は、労賃の安い中国で部品を作り、それを本国に運んで組み立て最終製品とした。そのために中国が発展するに連れて、日本の町工場は次々に潰れていった。そんな中国の部品産業の中から、世界に名を知られる大企業が育っていった。
 一般に部品を作る町工場の利益率は低い。このような経緯を考えれば、先に大企業が存在する中で利益率の低い裾野産業を育成することは容易なことではない。
 ベトナムには既にサムソンの携帯電話工場に代表される大きな組み立て工場が存在する。そのために、ベトナムは日本や中国で起こった現象の逆を行く形で裾野産業を育成しなければならない。それは口で言うほど簡単なことではない。
 トランプ関税を好機として裾野産業が育ち、ベトナムが真に世界の工場としての中国の代替になるかどうかは、もう少し時間をかけて見る必要がある。
川島 博之
ベトナムVINグループ主席経済顧問
Jパートナーズ顧問
農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』。
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