Vol.4 2025.08.12
ガソリンバイクのハノイ中心部への乗り入れ禁止が与える動揺

ハノイ、市民の足のガソリンバイクを乗り入れ禁止へ
(photo AC)

禁止措置が招く混乱と市民が抱く疑念
 2026年7月から実施されることになったガソリンバイクのハノイ中心部への乗り入れ禁止が市民に動揺を与えている。ベトナム人にとってバイクは、通勤、通学、買い物などにおいて、生活必需品になっている。政府は排気ガスを出すガソリンバイクから電動バイクへの買い替えを促している。ハノイは大気汚染がひどく、その対策は必要であるが、それにしても今回の措置は性急である。
 電動バイクは市民に不評だ。その理由は航続距離が短いこと、馬力がないこと、充電に時間がかかることである。ベトナム人はバイクに二人乗り、場合によっては子供を加えて三人で乗ることもあるが、そんな時に電動バイクでは力不足だ。また頻繁にバイクを使用するために、充電に時間がかかるのも困る。スタンドで短時間で給油できるガソリンバイクは便利だった。
 現在、市中に充電スタンドが少ない。このような状態でガソリンバイクのハノイ中心部への乗り入れを禁止すれば、混乱は必至である。
 市民の間では電動バイクへの乗り換えの強制は、ベトナム最大の財閥企業ビン・グループを助けるためではないかと語られている。ビン・グループは電動バイクを生産している。政府はホーチミン市の地下鉄や南北新幹線の建設においてビン・グループに資本の提供を要請しており、その見返りとして市民に電動バイクを買わせようとしているのではないか。多くの人がそんな疑念を抱いている。

経済成長のわりに少ない庶民の恩恵
 ベトナム経済は年率数%で成長しているにもかかわらず、消費が停滞している。これはベトナムの経済成長がFDI(海外直接投資)と輸出に大きく依存しているためだ。
※2024年GDP 前年比7.04%増:ベトナム統計総局
 米中対立はこれまでも激しかったが、昨年11月にトランプ氏が大統領に当選して以来、さらに激しさを増している。それに伴い中国企業のベトナムへの移転が急増した。中国は自国から米国への輸出が難しくなっても、ベトナムから米国への関税は中国からよりも低いため、輸出に強みがあると考えたからだ。ベトナムのGDPが増加している背景には、中国企業のベトナムへの移転がある。
 FDIによってGDPが増加する。また中国企業が作った製品を米国に輸出するとベトナムのGDPが増加する。ベトナム政府に税金が入る。そして中国企業に雇用された庶民は賃金を得る。ただ中国企業は労働者を中国から連れてくるケースも多く、他の外資系企業に比べて庶民が受ける恩恵は少ない。
 外資系企業の利益は本国に送られて、ベトナムに再投資されない。また外資系企業はベトナム国内で技術開発を行わない。このようなことが重なり、FDIによる経済発展はベトナム国内への波及効果が乏しい。その結果としてGDPが増加しているにもかかわらず消費が盛り上がらない。これはベトナムの庶民が実感していることである。

戸惑い大きい禁止措置の実現は?
 ベトナムの経済がこのような状況にあるにもかかわらず、政府は民需の喚起に関心がない。それどころか酔っ払い運転を厳格に取り締まることによって、庶民が外食で落とすお金を大きく減少させた。そして今回ガソリンバイクのハノイ中心部への乗り入れ禁止を打ち出した。
 これらは交通事故の削減や大気汚染の改善を目的にしており、ベトナムが先進国入りする上で必要な政策と言えるが、消費を減少させる効果がある。そのために、このような政策はもう少し経済が発展してからでも良いのではないかと思ってしまう。政策が上滑りしているように感じる。トー・ラム書記長、ファン・ミン・チン首相ともに公安出身であるために規制を重視し、総合的な経済成長に目配りが足りないような印象を受ける。
 ガソリンバイクのハノイ市中心部への乗り入れ禁止は市民の戸惑いも大きい。当初の発表のように実施できるのか注視する必要がある。
川島 博之
ベトナムVINグループ主席経済顧問
Jパートナーズ顧問
農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』。
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