Vol.3 2025.07.22
電子インボイス義務化に伴う混乱
-庶民からの徴税を狙うベトナム政府

ベトナム企業の多くは小規模事業者だが・・・
(photo AC)

電子インボイスの義務化で小規模事業者からの徴税を狙うベトナム政府
 ベトナム政府は外資系企業からは多額の税金を取るが、庶民からは税金を取っていない。日本人だけでなくベトナムで働く多くの外国人はそんな不満を持っていた。ベトナムでも大企業やそこで働いている人々は税金を支払っている。しかし、これまで小規模事業者やそこで働く多くの人々はほとんど税金を払っていなかった。
 ベトナム政府は小規模事業者に対して、ごく少額をみなし税として徴収していたが、その税額は現場の税務署職員が勝手に決めていたようで、極めて不透明であった。実質的に多くの小規模事業者は税金を払っていなかった。
 ベトナム政府はこれまで野放しだった小規模事業者から税金を取ろうと考えはじめた。現在ベトナムの付加価値税(VAT)は8%であるが、そのような状況の中で、ベトナム政府は電子インボイスの義務化を言い始めた。これが混乱を引き起こしている。

抵抗する小規模事業者
 今回、義務化されるのは年商10億ドン(1ドン=0.0055円として550万円)以上の事業者とされる。それは全国に360万ある事業者の1%程度であり、大半の事業者には関係がない。しかし多くの事業者が、現在は年商10億ドンと言っているが、今後はそれ以下の事業者からも徴税を行うに違いないと考えているようだ。そう思った一部の事業者が営業を停止している。これはストライキによって電子インボイス導入に抵抗していると見てよいのだろう。
 ちなみに小規模事業者の売り上げが10億ドンだったと仮定すると、VATは8%であるから、事業者は日本円にして年間約44万円の付加価値税を国庫に納めなければならないことになる。企業数を360万とすると、その合計税額は1兆6000億円にもなる。南北新幹線の建設費は約10兆円と見積もられているから、小規模事業者に付加価値税を導入して得られる税金の全てを新幹線の建設に充てれば、6年間で完成させることができる。
 ベトナムは急速に少子化しており、今後15年ほど経過すると現在の中国と同様に豊かにならない内に高齢化社会を迎える可能性が高い。そうであるなら、多少苦しくてもまだ余裕のあるうちに庶民からも税金を取って、南北新幹線などのインフラを整えて行くことは必要であろう。

一党独裁国家における電子インボイスの行方
 今回のような措置が可能になったのは、キャッシュレス決済が急速に普及し始めたことも大きい。ホーチミン市地下鉄では乗客の70%が非現金決済を利用している。コンビニなどでも電子決算は若者を中心に好意的に迎えられている。
 だが電子決算は便利なだけではない。中国がその典型だが、電子決算によって政府は人々の財布の中身を直接覗き見ることが可能になる。欧米や日本では政府が人々の財布の中を覗こうとしても、それなりの議論があって強権的に覗き見ることは難しい。しかし中国のように共産党一党独裁が行われている国では、政府が電子決済を通じて庶民の懐具合を正確に把握することが出来る。
 ベトナムも一党独裁である。ベトナム政府はそう遠くない将来に電子インボイスを通じて小規模事業者からも税金を取るようになると思う。選挙のない国において、庶民がそれにどのような反応を見せて、どのように抵抗するのか、注意深く見て行く必要がある。
川島 博之
ベトナムVINグループ主席経済顧問
Jパートナーズ顧問
農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』。
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