Vol.1 2025.06.24
「トランプ関税」がベトナムにもたらす暗雲

(写真:ロイター/アフロ)

「トランプ関税」に対するベトナムの目論見
 「トランプ関税」の猶予期間は7月8日までである。ベトナムは米国との関税交渉に注力している。そんな中、東京で開かれた日経フォーラム第30回「アジアの未来」でのグエン・チー・ズン副首相は以下のような発言をした。
 半導体を中心とした先端産業を国内に育てる。国内消費を拡大する。そのためにも日本を含む海外の投資家にベトナムへの投資を要請する。この発言は対米輸出の減少を想定し、その対策に言及したとして良いだろう。だがこれらの対策は一朝一夕では進まない。一方、「トランプ関税」は早ければ7月9日にも実施される。
 ベトナムと米国の交渉の内容は明らかになっていないが、もし本当に「トランプ関税」が実行に移された場合、ベトナムには46%の関税がかけられることになっている。それはベトナム経済に致命的な打撃を与えよう。

貿易赤字のカラクリ
 ベトナムの対米輸出額は970億ドル(JETROデータ2023年 、以下全て同じ)であり、ベトナムにとって米国は最大の輸出先になっている。ベトナムの総輸出額は3,547億ドルだから、対米輸出はその27%を占めている。同年の日本の米国への輸出額は1,441億ドルであり、やはり国別で1位、米国への輸出額は日本の総輸出額7,190億ドルの20%を占めている。
 ベトナムの米国からの輸入額は138億ドル、一方日本は825億ドル。ベトナムの米国からの輸入は少ない。その結果、米国の日本に対する貿易赤字が571億ドルであるのに対して、ベトナムは832億ドルにもなっている。
 次に中国に対する貿易を見てみよう。ベトナムは中国に613億ドル輸出して、1,106億ドルを輸入している。中国に493億ドルの貿易赤字を計上している。日本は中国から1,678億ドル輸入して1,248億ドル輸出している。日本も中国に430億ドルほどの貿易赤字を計上している。

打撃の深刻さはベトナムの貿易構造から
 こうして見てくると、日本とベトナムの貿易構造はよく似ている。中国に対して貿易赤字を抱えるが、それを対米黒字で補っている。ただベトナムの方がその構造が顕著である。
 そして日本とベトナムでは中国に貿易赤字を計上している理由が異なる。日本は多くの日用品を中国から買っている。その理由は安いからである。しかしベトナムは携帯電話やパソコンの部品を中国から買って、それをベトナムで組み立てて米国に輸出している。中国から半完成品を輸入して、ほんの少し手を加えただけで米国に輸出しているケースもある。ベトナムは中国から米国への迂回輸出の拠点になっている。対米交渉では、この点が問題になっている。
 最後にベトナム経済が貿易に大きく依存していることを指摘したい。2023年の日本のGDPは4兆2,040億ドル、一方ベトナムは4,297億ドルである。輸出額がGDPに占める割合は日本が17%であるが、ベトナムは82%にもなっている。日本経済は輸出にそれほど依存していないが、ベトナム経済は輸出に強く依存している。なかでも米国への輸出に依存する割合が高い。もし本当に「トランプ関税」が実施されれば、ベトナムは日本よりも遥かに深刻な打撃を受ける。
 日本も赤沢亮正経済再生担当大臣が何度も日米間を往復するなど必死の交渉を続けているが、ベトナムの交渉には国運がかかっている。我々はその結果を、固唾を飲んで見守るしかない。
川島 博之
ベトナムVINグループ主席経済顧問
Jパートナーズ顧問
農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』。
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